広島県 竹原市 大久野島灯台
広島県竹原市に属し、瀬戸内海に浮かぶ大久野島に建つ灯台。難所とされる「来島海峡」を避けるための航路に置かれた航路標識の1つで、現在のものは2代目。初代の大久野島灯台は香川県の「四国村」に移設されている。
灯台データ
- 初点灯: 1894年(1992年改築)
- 灯台の高さ: 8.5m
- 灯りの高さ: 21m
- 形状: 白塔形
- 灯質: 等明暗白光
- 光達距離: 約25km
- レンズ・灯器: 不明
- 構造: 石造
- 設計者: 不明
地理データ
地理:潮の流れで削られた断崖に建つ灯台
大久野島は、戦時下には砲台や毒ガス工場といった軍事拠点を擁していた無人島。島の南端に灯台があり、灯台へ続く遊歩道からは切り立った断崖の上に建つ大久野島灯台と美しい瀬戸内海を合わせて眺められる。
気象:温暖な気候で、野生のウサギが繁殖
気候は雨が少なく温暖な瀬戸内海式気候で、島内には1000羽を超える野生のウサギが生息している。
歴史:戦争遺構も多く残る“地図から消された島
明治時代に「大久野島砲台」が置かれ、軍事拠点としての機能を与えられた。第二次世界大戦期には日本軍によって毒ガス製造が行われるようになった。現在も砲台跡や工場跡が残り、これらの観光に訪れる人も多い。
信仰:殉職者を慰める大久野島神社
戦前から建つ大久野島神社は、もとは島の鎮守として鎮座していたが、他社との合祀や大戦を経て、現在は境内に毒ガス犠牲者の慰霊碑が立てられている。
漁業:一本釣りで水揚げされる瀬戸内の鯛
大久野島と本州をつなぐ忠海エリアの沖では島が多く潮流が速いため、イカナゴやイワシが多く、それらを餌をするタイなども獲れる。主な漁法は一本釣りで、釜飯などにして食される。
生態:野生のウサギの楽園
大久野島には1000羽を超える野生のウサギが生息しており、島はウサギと自由にふれ合える「ウサギの島」としても有名な観光スポットになっている。
食文化:「塩の町」が生んだ郷土料理
竹原市は良質な塩を産出する「塩の町」でもあった。塩田の主人が客をもてなす際に用意した「魚飯」はタイやカレイなどの白身魚に錦糸卵や椎茸をのせて出汁をかけたもので、郷土料理として保存が進められている
伝統芸能:家内安全を願う伝統芸能「福田の獅子舞」
県の無形民俗文化財に指定される獅子舞が市内の稲生神社で継承されている。江戸中期に家内安全を願うために始まったとされ、神社の秋祭りで奉納される。

「海と灯台のまち」の灯台をもっと見る
珠洲市
禄剛埼灯台
明治期、能登半島の最突端、珠洲市の禄剛崎に建てられた石造の灯台。レンズを固定させ、遮蔽板を回転させることで灯火を点滅させる珍しい手法を用いた。石材を人力で崖下から運ぶ難工事の末に完成。
稚内市
稚内灯台
雪でも視認しやすいよう塗装された紅白のストライプ柄が特徴。建造当時は南側に約900m離れた丘の上にあり、1966(昭和41)年に現在地に建て替えられた際、海面から灯火までの高さが移設前と同じになるよう建てられたため、北海道で最も背の高い灯台となった(塔高42.7m)。「日本の灯台50選」のひとつ。
中頭郡読谷村
残波岬灯台
沖縄本島、東シナ海に面する残波岬の突端に建つ。終戦後、米軍の実弾練習場だった場所に建てられた白亜の灯台で、日本返還後に初点灯。灯台周辺は現在、沖縄海岸国定公園に指定され、沖縄本島有数のスポットとなっている。
三浦市
城ヶ島灯台
日本で5番目に点灯した洋式灯台。初代はフランス人技師・ヴェルニーにより設計されたが、関東大地震で倒壊し、現在の姿に再建された。同じ島内の東側に建つ安房埼灯台とは、“ペア灯台”として知られている。
下田市
爪木埼灯台
伊豆半島の東海岸から太平洋に突き出た須崎半島の先端に建つ灯台。周辺は爪木崎自然公園として整備されている。野水仙の群生地であり、冬場のピーク時には300万本もの水仙が咲き誇り、遊歩道となって灯台へと誘う。
日南市
鞍埼灯台
宮崎県日南市の沖に浮かぶ周囲約9.5kmの「大島」の南端にそびえる、日本初の無筋コンクリートの灯台。フランス人が設計し、部品も同国から輸入するなど当時の最新技術を注ぎ込んで建てられた。近代化産業遺産と登録有形文化財に指定されている。
積丹郡積丹町
神威岬灯台
アイヌ語で「神」を意味する“カムイ”の名を冠する灯台。灯台へ続く遊歩道「チャレンカの小道」は起伏に富み、300度で見渡せる丸い水平線や神秘的な「積丹ブルー」の海など、まさに神の領域のような絶景の中に建つ。
銚子市
犬吠埼灯台
山頂や離島を除けば日本で一番早く初日の出を見ることができる、関東最東端の犬吠埼に立つ灯台。1874(明治7)年、当時の技師が苦心の末に国産化を成功させたレンガ19万3000枚を使って建造され、約150年の歳月に耐えて今なお大空にそびえ立つ。
淡路市
江埼灯台
1867(慶応3)年、江戸幕府と英国公使が兵庫開港に備えて大坂条約締結の際に5つの灯台の建設を約束。その最初に建てられた。「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計による御影石を使用した石造りの洋式灯台。
下閉伊郡普代村
陸中黒埼灯台
1947(昭和22年)に地元漁協が「普代灯柱」として設置。三陸復興国立公園の海岸段丘の景勝地に建ち、青い海と山の緑にひときわ映える白亜の灯台。北緯40度線上の灯台として、日本海側の入道埼灯台(秋田県雄鹿半島)と対をなす。





